東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3717号 判決 1962年12月22日
原告 株式会社ムービー東京
右代表者代表取締役 西田精孝
右訴訟代理人弁護士 加藤新太郎
被告 青森県教職員組合
右代表者執行委員長 宮本義夫
右訴訟代理人弁護士 重松蕃
主文
被告は原告に対し金一二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三六年五月二五日より完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告において金四〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、証人泉田滋の証言および弁論の全趣旨から、原告会社は一六ミリ映画フイルムならびに同映写機の貸付販売を業とするものであることが認められる。
二、そこで、原告会社と被告組合との間に原告主張のようなフイルム賃貸借契約が成立したか否かの点につき判断する。
証人新国康子の証言により真正に成立したと認める甲第一、二号証≪中略≫を綜合すれば、原告会社の営業部長である泉田滋が、昭和三五年三月頃、青森県教職員組合事務所において、黒滝昌信との間で映画フイルムの賃貸借につき取引交渉していた際、黒滝昌信は被告組合における教育映画の巡映事業に関する責任者の地位にあつた同組合教育文化部長黒滝典信を右泉田に紹介し、両者が互に名刺を交換したりしたが映画フイルムの取引交渉にはもつぱら黒滝昌信が当り、結局、泉田営業部長と右黒滝昌信との間で、原告を賃貸人被告を賃借人とする原告主張のような内容の賃貸借契約が締結され、原告は、同年四月以降、右契約に基き、被告組合を取引の相手方として「危し伊達六二万石」と題する映画フイルムをはじめ、黒滝昌信から被告名義による注文の都度、主に娯楽映画フイルムを被告宛に送付しその貸与を継続したこと、その後、右フイルムの賃料の支払が遅滞しがちとなり、昭和三五年一二月末日における未払賃料の合計額が一二〇、〇〇〇円に達したこと、昭和三四年一二月、被告組合においては、その文化事業の一環として、組合所有の教育映画フイルム「らくがき黒板」「失業」等の巡回上映をすることとなり、教文部長黒滝典信の下に映画班を設け、黒滝昌信に対し、同人が右フイルムを主とした映画の上映に当る、同人は組合の運動方針と指示に従つて行動する。期間は同年一二月二一日以降昭和三六年六月二一日までとする、上映に関する経理は独立採算として同人の負担とする等の約旨により、映画班員を委嘱したことが認められる(証人泉田滋の証言中叙上の認定と牴触する部分は措信しない)が、黒滝昌信に対し、原告のような第三者から映画フイルムを賃借する等の契約をなすにつき、被告組合を代理しあるいは代表する権限を与えられていたことを認めるに足る証拠はないから、前示フイルム賃貸借契約の効果がただちに被告組合に及ぶ理由はなく、したがつて、右契約が原告と被告間に成立したことを前提とする原告の請求は、理由がない。
三、よつて、原告の予備的請求につき検討する。
前掲証人黒滝典信、泉田滋の各証言によると、前記認定のとおり、被告組合が黒滝昌信に映画班員たることを委嘱するに当つては、映画事業に関する経理を同人の独立採算にする一方、教育映画のみの上映ではとうてい採算がとれないことが予想されたところから、映画の範囲を主として前示教育映画に限定はしたもののその他、同人がもともと所有しあるいは他から賃借ないし買受けた映画フイルムをも併せて上映することのあることが暗黙の裡に了解されており、それに伴い、右上映に使用するフイルムを他から入手する必要があるときには、映画班員たる昌信において、被告組合の名称により第三者と契約をなすことのありうることも当然予想されるところであつたにもかかわらず、被告組合は、昌信に対し、同人が右のような取引のため組合の名称を使用することを積極的に禁止する措置をとつたことはなかつたこと、泉田滋が、昭和三五年三月頃、黒滝昌信と本件取引の交渉をした場所は青森県教職員組合の事務所内であつたこと、右黒滝昌信は同事務所に自由に出入していたこと、前認定のフイルムの取引は同年四月以降一二月に及び前後約一〇回も続けられ、その間、被告組合宛で送り状が来ていたものを教文部長の指示により組合の書記から黒滝昌信に直接手渡したり回送したりしていたし、また原告からの取引上の電話も組合の受付で受けて右黒滝昌信に取り次いでいたことが認められる。
右認定事実によれば、被告組合においては、右黒滝昌信が原告との間で本件賃貸借を締結し、該契約に基く取引を継続するにつき自己の名称を使用することを諒知していたにもかかわらず、何らこれを阻止することなく、漫然放置していたものと認めるべきであつて結局被告組合は右黒滝昌信が原告と取引するに際し自己の名称を使用することを暗黙に許諾したものということが出来る。
そこで、以上に認定した事実のほか、前示甲第一、二号証の各一、二、成立に争のない同第六号証の一、二、前掲証人泉田滋の証言により真正に成立したと認める同第五号証の一、二ならびに同証言によつて認められる、原告に対し本件取引に関して送られて来た賃料送金の封筒、未払賃料の支払猶予の依頼状、本件賃貸借にかかる映画フイルムを含む映画上映の案内状等にすべて被告組合の名称が表示されていたこと、被告のような教職員組合がその文化活動の一環として映画の上映事業をすることは、格別異例のこととして怪しむに足らず、むしろ世上しばしばありうるものと解せられること等を併せ考察するに、証人黒滝典信の証言によつて認められる、泉田営業部長が被告組合の幹部に直接会つたのは本件契約交渉の時にたまたま黒滝教文部長と出会つただけで、その後取引交渉は専ら黒滝昌信のみをその相手としてなされた事情をしんしやくしても、原告は、本件取引にあたり、被告組合が黒滝昌信をしてその衝に当らせたもの、つまり取引の相手方は被告組合であると誤認したもので、かつ、原告がそのように誤認するにつきなんら過失はないものと認めるのが相当であり、この認定を覆すに足る証拠はない。
したがつて、被告は、商法第二三条の法理にてらし、原告と黒滝昌信との間に成立した本件賃貸借契約に基く賃料債務について自らその弁済の責に任ずるものというべきである。
よつて、被告に対し、前記未払賃料金一二〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三六年五月二五日より完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、前示予備的請求原因に基き、これを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井口牧郎)